春というものがある。桜が咲き乱れ、花粉が飛び乱れ、別れと出会いが乱れる季節だ。それが春。寒くて家から一歩も出なかった冬が終わり、重かった玄関の扉を開ける季節なのだ。
ということで、多摩川の上流に釣りに行くことにした。ヤマメやイワナなどを釣って食べるのだ。春の訪れを感じるその味をかみしめたいと思う。せっかくなので弟も連れて。
兄弟で釣り
兄弟で釣りに行こう、というなんの脈絡もない思いつきは、春だからなのかもしれない。特に何も考えず、「兄弟で釣りに行こう」となった。すぐ弟に連絡をした。ド平日の真昼間から兄弟で釣りに行こうと連絡したのだ。断られるかもしれない。
大丈夫かな、この兄弟と思う。これを書く地主は二人兄弟。兄である私「恵亮(けいすけ)」と弟「佑亮(ゆうすけ)」は、ド平日の真昼間から釣りに来ているのだ。弟を誘ったら「暇だから行く」と言って、青梅線の「御嶽駅」にやってきた。ド平日の真昼間に。
兄は32歳、弟は30歳。ド平日の真昼間から遊漁券を買って釣りに勤しむ。親は心配するだろう、この子たちは食べていけてるの? と。ただ安心してほしい。遊漁券を買ったので、今からヤマメを釣ったらお腹いっぱい食べられるのだ。
ヤマメを釣りたい
御嶽駅から軍畑駅に向かい釣りをしながら下って行こうと思う。この辺りは多摩川に沿って遊歩道が整備されていて歩きやすく、緑が美しく気持ちがいい。そして、ヤマメが釣れるのだ。
兄弟だな、と思う。場所を変えたり、ルアーを変えたりして、何度もキャストするけれど、何にも釣れない。釣れる気配すらない。弟が3投目に「これ釣れなくない?」と言っていた。わかる。そして、やがて同じタイミングで頭を抱えた。兄弟だ。
私はオレンジ色のジャケットの下に、オレンジ色のロンTを着ていた。オレンジにオレンジなのだ。弟はその様子を一瞥して、何も言わずに釣りを続けていた。オレンジよりも釣りたいという気持ちの表れだろう。兄としてそのハングリー精神は嬉しいですぞ。
弟が言う。「今日は釣りをしに来たのではなく、ハイキングに来た」と。違うぞ、弟よ。諦めてはダメなのだ。父も私たち兄弟が食えているのか心配していた。その心配をなくすためにも、ヤマメを釣って食べるのだ。父の言う「食べる」の意味が違う気もするけど。
弟は朝起きるとランニングに出かけ、戻ってきて筋トレをして、納豆とシーチキンと卵を食べるそうだ。無駄にストイック。何を目指しているのだろう。その疑問をぶつけると「ハハハハ」と笑っていた。私も笑った。いい大人がド平日の真昼間を平和に過ごすためには笑っておけばいいのだ。
魚のいる様子を確認できない。ただ地主家は諦めない。この不屈の精神を皆様にはぜひ見習ってほしい。ド平日の真昼間の多摩川で見せる不屈の精神。地主家の教育の賜物だ。
オレンジの色のジャケットを脱ぐと、オレンジ色のロンTで、オレンジ色のロンTを脱ぐと、オレンジ色のTシャツ。そういうことなのだ。オレンジを常に着ようぜ、という地主家の教育。弟は全くオレンジを着てないし、釣りも諦めたけど。
ラストチャンス
軍畑駅周辺でオレンジ色のTシャツになり、釣りも諦めた。全く釣れる気配がないし、他の釣り人などにも話を聞いたけれど、誰もが「釣れない」と言っていた。だったら、釣り素人の私たち兄弟には無理だ。多摩川で釣りなんてしたことがないのだ。
あまりに釣れないので大きく場所を移動した。「このまま釣れずに終わるんでしょ」と思われるかもしれない。地主家に期待してほしい。我々は諦めないのだ。最初の方の「御嶽駅」でのガッツポーズを見てほしい。やる気で満ち溢れているのだ。
どうだろう、微笑ましくないだろうか。同じタイミングでやっぱり頭を抱えた。でも、それは兄弟か否かは関係なく、あまりに釣れないので、誰がやっても頭をかかえると思う。全然釣れないのだ。驚くほど釣れない。そんな1日だった。
つれない兄弟
ということで、ド平日の真昼間に奥多摩に出向き兄弟で釣りをした。世界はきっと活発に動いていただろう。数億のお金が動くプロジェクトが生まれ、誰もが驚く新商品が開発されていたかもしれない。そんなド平日の真昼間に釣りをした。何にも釣れなかった。弟は言った。「4月から働くわ」と。おめでとう!