「その人の本棚には、その人の人生が表れる」フランスあたりの偉人か哲学者か、誰かがそんなことを言ったかどうかは知らないが、私もそう思う。
そこでたくさん本を読んできたであろう大学の先生たちの本棚を見れば、少しは自分もその先生達に近づけて、賢くなれるのではないかと思い見せてもらうことにした。
先生の本棚
皆さんが大学の先生と聞くと「研究室は書類と本であふれていて、専門書や論文を読んでいる」というイメージを持つのではないだろうか。正解です。研究室を持つ大学の先生はだいたいイメージ通りだ。
私が知っているだいたいの先生の部屋は、本と資料に埋もれていて、本棚には今まで研究で読んできた本や、自身の著書が所狭しと並んでいる。いかにも賢そうで、研究者とはイコール書籍で出来ているといっても過言ではないような気がする。ここにまだ誰も見たことのない研究の先端がある。
今回は「先生の人生に影響を与えた本」「地域づくりに役立つ本」「若い人たちに勧めたい本」の3冊を聞き、たくさん本を読んできた先生の賢さを我が物にしたいと思う。もうこの考え自体が賢くない気もするが、あまり気にしないことにした。
どんな本に出会えるのか楽しみです
私は「東京農業大学地域環境科学部造園科学科」というところを卒業している。庭づくりや公園を作る学科だ。しかし、卒業してしばらく経つので、だんだんと大学で習っていたことを忘れつつある。そこで初心を取り戻そうと、恩師である麻生恵先生の本棚を見せていただこうと、私が所属していた造園科学科の自然環境保全学研究室にやってきた。
この研究室では造園の分野の中でも、自然公園、国立公園や農村地域の景観などの研究をしている。この部屋の主、麻生教授は農大で博士号を取得後、そのまま研究室に残り、国立公園内の構造物の見え方などに関する研究や農村地域での景観計画、文化的景観などを長年研究してきた。
先生は本をあまり読んでいなかった
まずは先生がどのような人生を歩んできたのか知るために、影響を受けた本を聞いた。これを聞けば私にも教授の椅子が待っているかもしれない。椅子がキャスターで転がって近づいてくる音がした。
先生に「人生に影響を与えた本を教えてもらっていいですか?」と聞くと、「あまり本は読まないからな」と意外すぎる答えが返ってきた。この企画が根元から揺らぐような答えだ。私は先生という生き物は、四六時中本を読んでいると勝手に思っていたが、実際には違うらしい。そんなに本を読んでない先生もいるのだ。
麻生先生は「本を読んでいる暇があったら、現場に行きたい。現場こそ一番の教科書」と言っていた。よく思い出すと私が学生時代から、寺山修司氏のように「書を捨て、野に出よう」とことあるごとに言っていた。そんな大事なことを今思い出したが、この企画のために食い下がることにした。
そんな先生が子どもの頃よく読んでいた本
小さい頃読んでいた本や、好きだった本でもいいです、この際なんでもいいです、と食い下がると、そういえば小さい頃は「図鑑」をよく読んでいたと教えてくれた。
植物や昆虫、動物の図鑑かと思ったが、意外と先生は鉱物や天文、気象の図鑑が好きだったそうだ。今でも寝る前に魚の図鑑などを眺め、子供の頃と生態がどう変わっているのか考えながら眠りにつくという。
先生は、まず体験して、それを本で確認する、そして再び疑問や興味が生まれ本を読む、それをまた実践してみる、このサイクルで本を読んできたそうだ。本の正しい使い方な気がする。今一番好きな図鑑は山と渓谷社の「海の幸山の幸」という図鑑だそうだ。理由は写真が美味しそうだから。私と同じく本を読んでいない人の発想に近い。
山と溪谷社
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地域づくりに関心がある人が読むといい本
もしや、次もないのではという私の心配通り、特にこれという本はないと最初に宣言されてしまった。地域づくりなどに携わる際は、まずその地域に行き、どんな本が必要か、ハード面、ソフト面、歴史や文化など様々な面から考え、その地域にあった本を読むようにしているそうだ。
あえて言うなら、書籍よりも地図が大事だという。地図を読むことで、その地域がどのように成り立ったのか、どのような自然条件なのか、どのような歴史を持つのかなどある程度わかるらしい。奥さんには「オタク」と言われるほど地形が好きなのだ。
先生が中学生になるまでは5万分の1という地図までしかなかったので、家にあるそれらの地図を眺めては、友達と次はどこに遊びに行こうかと、妄想に耽った。中学生のときに2万5千分の1という地図がでた時は、その正確さ、詳細さに衝撃を受けたそうだ。
ちなみに先生が最近一番感動したことはGoogleマップで3Dの地形図が見られるようになったことらしい。2万5千分の1がでた時より感動したそうだ。暇な時は行きたい場所などを眺めて癒されているらしい。
これからの若者に読んで欲しい本
最後に、駄目もとで若者に読んで欲しいおすすめの本を聞いた。本当は本を読むよりまず現場に行ってほしいようだが、研究に関する本や最近読んで面白かった本でいいですというと、一冊の本を薦めてくれた。
長崎出身で、福岡県の農業改良普及員などをされてきた、宇根豊氏の「風景は百姓仕事がつくる」だ。この本は普段何気なく見て、いいなと思っている田舎の風景がどのような仕事によって作られているかを明らかにした本だ。
先生は新幹線の風景と駅弁の話がお気に入りで熱心に勧めてきてくれた。この本を読むと実際に風景を見ながら駅弁を食べてみたくなるそうだ。本に触発される形で現場に行ったり、試してみたくなったりして、実際にやってみるところがいかにも研究者っぽい。
この本は研究室にあったのをたまたま見つけたそうだ。もしかしたら学生が持ってきたものかもしれない。何歳になっても新しい本との出会いというのはあるし、それは行動することで広がるのかもしれない。
本当にいい本は、本棚にない
研究室内にもいくつか本棚はあるのだが、学科全体の図書館というものもある。ここにも多くの書籍が所蔵されているのだが、研究の調査手法を記した本は数が少ないらしく、若いうちに読んでおくとどんな人生でも役立つからいいよ、とおっしゃっていた。人生は毎日の研究の積み重ねなのかもしれない。
先生の本棚や図書室の本棚にある、いい本は何故かだんだんなくなっていくそうだ。誰かが借りたまま忘れてしまっているのか、ずっと借りられたまま回っているのかは先生にもわからないらしい。「本当にいい本は本棚にはないよね」と先生は言っていた。麻生先生のいい本は今日も誰かに読まれ、活用されているのかもしれない。